“彼女たちの声を聞く”
「機能不全の社会では、人は信頼を手放し個性を恐れるようになる。優しい社会では、あらゆる個人の自由は応援されている・・・・私たちは、非人間化に屈することもできれば、自由を選び自身や他者を解放することもできるのである。」
写真家のラナ・シュレジックは、アフガニスタンの首都カブールへ6週間の取材旅行に赴いた。時は2004年。目的は、タリバンがその 3年前に崩壊して以降、女性たちの生活がどのように改善されたかを報道するためだった。しかしながら教育の否定、強制結婚、強制売春といった人権侵害が、依然として横行していることを彼女は目の当たりにする。その動乱の地を巡る旅は、通訳者であり友人でもあるフォルザナを伴い、結局2年間に及ぶこととなった。 アフガニスタンの女性たちはシュレジックらの取材を受け入れた。その場所は、女性たちの生活空間かつ拘束されてきた現場でもあり——身体的虐待のみならず、家族の名誉を守る名目のもと、男性親族たちによって殺される、あるいは自殺に追い込まれる(通常、料理用の油を自らかぶり火をつける方法で命を断つ)等々が行われてきたのである。
美しくも胸締め付けられるこれらの写真は、 Kyoto Journal 初のオンライン版である特集号「尊厳の回復」の一環で掲載された。本号序文における本記事と写真について、編集責任者のケン・ロジャースは、「これらすべては、人が、己れの全身全霊なる努力と心ある支援を支えにして、人間性を虐げる状況を堪え、自己の尊厳はもとより、人間性の感覚自体を取り戻していく、その過程を取り上げているのだ」と述べている。
掲載写真は性労働者の擦り切れた衣装だ。他の写真と一緒に、デニー・Y・ベシャードによる記事「彼女たちの声を聞く」に載せられている。アフガニスタン女性作家プロジェクト(現在は休止中: https://awwproject.org/)は、女性たちにラップトップやUSBメモリ、インターネットアクセスを提供してきた。「世界がアフガン女性の声を、男性親族やメディアを介さず、直接聞けるようにする」事を目的として。
だが、提供を受けられた女性たちはまだ幸運だったのかもしれない。シュレジックの写真が焦点を向けるのは、アフガニスタン女性の大多数である、読み書きができない女性たちだ。男たちの性的対象であったり、子を産む者としてのみ女性を定義しようとする類の家父長制のもと、彼女たちは家畜のように売られ、買われ、殴られ、殺されてきた。それにもかかわらず、驚くほど美しいこれらの写真の女性たちは、執拗で暴力的なその抑圧を堪えてきたのだ。.
