「閑かなる京都」
A new expression has entered local conversations: “kankō kōgai,” literally “sightseeing pollution”… residents of Kyoto have been feeling that their city has been invaded and occupied.
2000年の写真集 『Tokyo Nobody』で、中野正貴は世界で最も人口の多い都市を無人の光景として描写した。銀座や渋谷駅といった、人混みと混雑の代名詞ともいえる名所が、人気のない、静まり返った姿で写し出されている。21世紀の幕開けにあたり、この不気味な東京の景色は、人口過密、地域社会、近代性、都市化、そして何よりも、人がいない都市の原因になり得る災害に関する多くの問いを投げかけた。中野はこの一見不可能とも思える都市風景を、根気強い撮影手法によって捉える事に成功した。10年以上に渡り、最も寒い日の早朝に撮影を続け、完全に人影が消える、その唯一無二の瞬間を求めてカメラを構えながら待ち続けた。まるで希少な生物の一瞬の出現を待ち構える自然写真家のように、彼は都市風景の中で最もありふれた存在である「人間」の消失を、辛抱強く待ち続けたのだ。

中野が執念と努力によって無人の大都市を撮影したのに対し、ダニエル・ソーファーの都市風景 「閑かなる京都」 を空っぽにしたのは、一生に一度あるかないかの出来事——国境が閉ざされ、旅行が停止し、人々の移動が制限された世界的パンデミック——によるものだった。歴史的な寺院や庭園で名高い京都の街は、近年オーバーツーリズムの犠牲となってきた。しかし、パンデミックの間、ソーファーは観光客の群衆に邪魔されることなく、京都を象徴する名所を撮影することができた。数人の地元住民を除けば、彼はほぼ完全に無人の街を独り占めし、清らかな風景をカメラに収めた。禍いによってもたらされた光景ではあるものの、 「閑かなる京都」 の景色には不気味さはない。中野が撮影した東京の景色とは異なり、この静寂に包まれた京都の風景は、むしろ人混みのない方が自然に見えるのかもしれない。

ABOUT DANIEL SOFER
ダニエル・ソファーは40年以上にわたってデジタルメディアの分野で活躍している。彼の写真はKyoto Journalに頻繁に掲載されている。「閑かなる京都」では、コロナ禍の京都の風景写真を紹介している。 現在も自身のウェブサイト hermosawavephotography.comで日々写真を発表している